速く速く!もどかしさにときめく 〜スピッツ「快速」感想

「快速」はスピッツの16thアルバム「見っけ」の7曲目に収録されています。
スピッツ 見っけ


   最初聴いたときから、イントロがキラキラしていて、疾走感があっていいなぁと思いました。
   草野さんの作る曲って意外とクセがあるので、アルバムのなかにこういうまっすぐにぐんぐん伸びていく曲が一つあるとちょっと嬉しくなります。
   演奏時間が3分と短いのも、快速というタイトルにふさわしくてgoodです。

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「快速」というタイトルを聞くと、すごく速いイメージが沸きますが、この歌の中の「快速」は決して最速ではありません。
   むしろ新幹線よりも遅くてもどかしい乗り物として登場します。
「速く 速く 流線形のあいつより速く」のところです。

   主人公にとっては「快速」じゃスピードが全然足りないのです。
   なぜそんなに急いでいるのかというと「君の街」へ行きたいからです。
   君に会いたくて会いたくてしかたがない。一分一秒でも無駄にしたくない。たぶん電車のなかでもソワソワして落ち着かないのではないでしょうか。たまに悶て変な声とか出してそうです。

   主人公は新幹線よりも速く速くと念じますが「快速」の速度は上がってくれません。(当たり前ですが)
「無数の営みのライトが瞬き」「地平の茜色が徐々に消えていく」「レール叩く闇のリズム」などの描写から、「快速」は日の沈む速さに負け、夜の帳が下ります。
   日の出ているうちに君に会いたかったであろう主人公は焦燥感に駆られます。
 
   焦る主人公は、ついには「草原のインパラみたいに速く」と鉄道のイメージを捨てて野生の力に想像の手を伸ばし始めます。
   新幹線からインパラへ。主人公の想像力は縦横無尽です。

   その甲斐あってか、やがて「県境越えたら 君の街が見えて」きます。
   ここで出てくる「県境」という言葉が個人的に好きです。
   主人公は車ではなく電車で移動しているので十代の学生なのではないかと思います。
   十代の頃って、隣の県に行くのも遠出というかプチ冒険だったように思います。ちょっとした遠距離恋愛(会えないわけじゃないけど会いづらい)というシチュエーションが主人公の急ぐ気持ちにリアリティを与え、共感が増します。

   県境を超え、果たして主人公は無事に君に会えるのか?
   最後の歌詞は「すすけてる森の向こうまで 向こうまで」です。
   快速電車が森の向こう、闇の向こうに吸い込まれていくようで、歌が終わった後も物語がずっと続いていく、そんな余韻があります。

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「快速」はメロディも歌詞も疾走感にあふれていますが、その実、歌われているのはじれったいもどかしさです。
   このソワソワとした感じを聴いていると、女の子と付き合い始めたころを思い出します。青くさくて、ちょっと恥ずかしい。でもこっそり思い出してニヤッとしたくなるやつ。

   そんなもどかしさに(年甲斐もなくついつい)ときめいてしまうのでした。