目を閉じてすぐ浮かび上がる人 ~スピッツ「エトランゼ」感想

「エトランゼ」はスピッツの8thアルバム「フェイクファー」の1曲目に収録されています。
   1分半と非常に短く、アルバムが始まる前のプロローグのような曲です。
スピッツ「フェイクファー」

   短いけれど歌詞は深く印象に残ります。
   その歌詞をふらふらと追ってみます。

   気になるのは冒頭の「目を閉じですぐ浮かび上がる人」です。
   それは「ウミガメのころすれ違っただけ」だといいます。いったいどんな人なのか。
(自然に歌っているので流してしまいそうですが、僕らは遠い昔ウミガメだったんですね)

   ずっと遠い昔に一瞬すれ違っただけの人……それは片思いよりも淡くおぼろげのように思えます。初恋ですらきっとまだ濃い。
   もっとかすかな、もっと淡い、遠くの水平線にぼんやりと見えるか見えないかくらいの。
   あるいはそれは想像だけの、イメージだけの人なのかもしれません。まだ見ぬ憧れのような。

   そして「なれない街を泳ぐ」わけです。「闇も白い夜」に。
   アルバムが出た当時は、なんとなくドストエフスキーの「白夜」を連想していた気がしますが、たぶんあまり関係ない。(そして内容ももう忘れた)

   静かなメロディと意味深な歌詞を聴いていると、本当にウミガメになって深く暗い海を潜り、遺跡と化した古代の街へと向かっているような気持ちになります。
   その街は時間的にも距離的にもとても遠くにあるようでいて、実は自分の心のなかにある逃げ場所なのかもしれない。

   十代の僕は「目を閉じてすぐに浮かび上がる人は誰だろう」と疑問に感じることなどなく、むしろ「目を閉じてすぐに浮かび上がる人もいないのに、どうして生きていける?」と思っていた気がします。
   それは片思いの人でも初恋の人でも、まだ知らない誰かでも、想像上の憧れでもなんでもよかった。
   嫌な現実から逃げて、こことは違う深い海のなかに連れて行ってくれる何か(誰か)を必要としていたのです。(陰鬱な青春を過ごしていたので)

「エトランゼ」はその誰かを想起させてくれる重要な歌でした。たかだか1分半のなかに十代の少年の憧れやら理想やら妄想やらが詰まってたのです。
   今はもう「なんか幻想的でいいよね」って感じで、のほほんと聴いてますが。

   ちなみに「エトランゼ」はフランス語で「見知らぬ人。異国の人。旅人。」の意味だそうです。異邦人?カミュか。