「謝々!」はスピッツの8thアルバム「フェイクファー」の9曲目に収録されています。
この曲には大きな特徴が3つあります。
「謝々!」のポジティブさが最もわかりやすいのはサビです。
この曲には大きな特徴が3つあります。
- 「です・ます調」の歌詞
- ホーンとゴスペル風のコーラスが加わった華やかなサウンド
- 祝福ムードのなんだかめでたい雰囲気
1,2番目については初めこそ違和感を感じましたが、すぐに馴染みました。
3番目については少し説明がいるかもしれません。
自分もすっかり忘れていたのですが「フェイクファー」が発売したころのスピッツの歌のイメージはどちらかというと内向的でネガティブなものでした。
だからダメということではなくて、それが売りというか、その根暗なところが好きで僕なんかはスピッツにハマったクチでした。
ここ最近のスピッツのイメージってそこまで根暗ではないですよね。いま「謝々!」を聴いたらそんなに違和感はないと思うのですが、当時は明るくて前向きな雰囲気に驚かされました。
それこそ「です・ます調」以上にインパクトがありました。
「謝々!」のポジティブさが最もわかりやすいのはサビです。
歌詞もメロディもグングンと昇っていくものがあり、心が舞い上がります。
特に2題目の歌詞。
「大空に溶けそうになり ほらすべて切り離される 鳥よりも自由に かなりありのまま 君を見ている」
溶ける、切り離される、鳥、自由……それらの言葉から感じられる解放感に、閉じこもり気味だった僕の魂は焦がれました。
そして何よりも素晴らしいのが最後の歌詞です。
「くす玉が割れて 笑い声の中 君を見ている」
くす玉が割れる……こんなにも楽しくておめでたい隠喩はなかなかお目にかかれない気がします。
初めて聴いたときは、あまりにもおめでたすぎて、なんだか恥ずかしくなり、赤面してしまいました。
初めて聴いたときは、あまりにもおめでたすぎて、なんだか恥ずかしくなり、赤面してしまいました。
たぶんそんな祝福された瞬間が自分に訪れることはない、と反射的な拒絶があったのだと思います。
「謝々!」が収録されている「フェイクファー」が発売されたのは十代最後の年でした。
ずっと見ないようにしていた壁がはっきりとした形を成して自分の目の前に立ちはだかり、何もかもうまく行かずに卑屈になっていたころです。
ずっと見ないようにしていた壁がはっきりとした形を成して自分の目の前に立ちはだかり、何もかもうまく行かずに卑屈になっていたころです。
正と負の感情がごちゃごちゃとせめぎ合い、暗い土の底にいるようでした。
でも心の奥では違う世界も夢想していました。それはくす玉が割れるようなささやかな祝福に包まれた世界です。
一方では「謝々!」を卑屈に拒絶しながら、また一方では「謝々!」から明るいイメージももらっていたのです。
ずぶずぶの暗い地底から救われた……というと大袈裟ですが、ちょっと手を引っ張ってもらえた、そんな気がします。
でも心の奥では違う世界も夢想していました。それはくす玉が割れるようなささやかな祝福に包まれた世界です。
一方では「謝々!」を卑屈に拒絶しながら、また一方では「謝々!」から明るいイメージももらっていたのです。
ずぶずぶの暗い地底から救われた……というと大袈裟ですが、ちょっと手を引っ張ってもらえた、そんな気がします。
それにしても十代のころのあのうんざりするような鬱屈とした感情っていったい何なんでしょうね。
まあ二十代には二十代の、三十代には三十代の悩みがあるわけで、なかなかくす玉は割れてくれません。そんな人生ですが、卑屈なりになんとか生きてます。