それは萌えのような ~スピッツ「冷たい頬」感想

「冷たい頬」はスピッツの8thアルバム「フェイクファー」の3曲目に収録されています。

1.

   記憶が確かなら、アルバム「フェイクファー」の発売一週間前に先行シングルとして発売されました。
   僕は楽しみを残しておきたくてアルバムが出るまで観たり聴いたりしないように我慢していたので、「冷たい頬」が当時テレビで歌われたかどうか覚えていません。ブレイク後のスピッツのシングルとしては、比較的メディアへの露出が少なかった(あるいはなかった?)曲のように思います。

   露出も少なく、スピッツの楽曲のなかでも主張が控えめで地味なこともあり、最初聴いたときの印象は「あまりシングルらしくないなぁ」という平凡なものでした。
   しかし、この歌には他にない大きな魅力があります。それは日常生活のそこかしこでついつい口ずさんでしまうということです。僕だけかもしれませんが。
   またギターでもよく弾き語りました。(ハ長調で弾きやすかったのです。キーもそれほど高くないし)
   ロングランというかロングテールというか、5年、10年、15年と何年経ってもついつい歌ってしまいます。学校帰りや会社帰りの自転車の上で。お風呂の中で。皿洗いしている台所で。
   おそらく鼻歌ランキングの5位以内をずーっとキープしているのではないかと思います。

   また、地味ななかにも、歌の良さを引き立てる構成があちこちに見られます。
   スピッツの特長でもあるアルペジオは、ただ切ないだけではなくて春の木洩れ日のように穏やかで暖かです。
   サビは間奏を挟んでたった2回しか繰り返さないことで、逆に強さが増し言葉がしっかりと心に残ります。
   長い間奏はギターではなく(通常よりもワンオクターブ高い)ベースで弾くことで、歌全体を下から支えている根っこのような安心感があります。

2.

   そして歌詞です。歌詞はどの部分も大好きです。声に出して読み上げたくなります。

「あきらめかけた楽しい架空の日々に 一度きりなら届きそうな気がしてた」というところでは片思いの女の子のことを思って切なくなったり。
「誰もしらないとこへ流れるままに じゃれていた猫のように」のところでは、どこか遠くへ逃げたいという自分の気持ちと歌詞とがリンクして更に切なくなったり。
「夢の粒もすぐに弾くような 逆上がりの世界を見ていた」では、よくわからないけどわかる感じに泣けてきたり。
「さよなら僕のかわいいシロツメクサと 手帳の隅で眠り続けるストーリ」では、あまりの歌詞の可愛らしさに、さすがにこれは俺が言ったら似合わねぇと思って、この詩を歌っても許される草野マサムネに嫉妬したり。(逆恨み?)

   可愛らしさと不思議さとを織り込んだ毛布のような。すっごい悲しいわけじゃないけど、なんだか切ないパステル調の絵本のような。小さな陽だまりのような世界観に、ひきつけられ、ほろっとさせられます。

3.

   そんな素敵な歌詞のなかで最も印象的なのは冒頭の部分ではないでしょうか。
「~深く愛せるかしら」という歌詞にどきりとさせられますよね。
   ちょっと長いですが引用してみます。

   「あなたのことを深く愛せるかしら」
   子供みたいな光で僕を染める
   風に吹かれた君の冷たい頬に
   ふれてみた小さな午後

   この歌詞を聴くたびに僕には一つのシーンが浮かびます。

「小さな午後」という言葉からまず人気のない中庭のような場所を想像します。自分のなかのイメージは、むかし通っていた学校の図書館(別館だった)と本館との間にあった小さな四角い空間です。そこは実際にはちょっと薄汚れているのでもっと綺麗に清潔に映像補正して、外からの視線を隠すように木も何本か生やします。

   そして切り株のベンチの上に”君”は座っている。
   ”君”は一つ年上の先輩で、美術部に所属していて、風に吹かれてなびく長い黒髪を片手でちょっと押さえると、そんな仕草がまた絵になるような美少女です。

「あなたのことを深く愛せるかしら」と”僕”を試すような言動をするところに、大人になりかけている女性の部分と子供のような無邪気さを同時に備えているのが感じられます。それが「子供みたいな光」という歌詞に現れている。

   それから”僕”は「君の冷たい頬に触れ」るわけですが、”僕”が主体的に”君”に触れたとはどうしても思えなくて(自分を重ねてしまうから?)、年上の”君”にうまく誘導された結果のような気がします。

   年上の”君”の口から洩れた例の問いかけに”僕”は戸惑います。そもそも思春期の男の子に「深い愛」なんてわかるわけがない。(39歳でもわからない)
   でも背伸びをしたい年頃の”僕”は動揺していると悟られたくない。言葉がみつかならいまま時間だけが過ぎるのが怖くて思わず手を伸ばし”君”の冷たい頬に触れてしまう。
   ”君”はそんな”僕”の手の甲にそっと自分の手を重ねる。
   本当は”君”の瞳の光に吸い込まれるように誘われて頬に触れたということに”僕”は気づかない。

    風の吹く人気のない中庭。木洩れ日。君と僕。冷たい頬。重なる手。
   という一枚絵が僕の心の中にあります。

   ーーって、いつも以上に長いな、妄想。

4.

   十代から二十代にかけては、スピッツの歌を聴きながらよく女の子とのワンシーンを想像していたような気がします。
   草野さんの歌のなかに出てくる女の子はかわいいし魅力的ですからね。
   きっと十代の僕は歌のなかの女の子に恋や「萌え」のようなものを感じていたんだと思います。当時はそんな言葉はなかったですが。
   スピッツ萌え。草野萌え。(詩限定)ーー あ、意外と語感もいい♪