日常を抜けたちょっと先へ ~スピッツ「シロクマ」感想

「シロクマ」はスピッツの13thアルバム「とげまる」の3曲目に収録されています。

   地味で華やかさに欠けるので「え、これがシングルでいいの!?」ってつい思ってしまいますが、スピッツファンなら1回聞けば「これでいい」と満足するし、ファンでなくても何回か聴けばじわじわと良さに気づいてくる(と思う)、そんな一曲です。
   こういう派手さはないけど、ちゃんと聴けばしみ込んでくる曲をシングルとして出せるのが、スピッツの強味だと思います。

   冒頭で「あわただしい毎日 ここはどこだ?」と歌っているので、この歌の主人公は会社生活に疲れたサラリーマンなのではないかと想像します。
   もしも自分が二十歳前後だったとしたら、大学の講義とバイトに明け暮れて毎日に悲観する孤独な学生を想像していたかもしれません。どちらにしろ、忙しい日常に疲れた人物像が浮かびます。
   でもその人物はシロクマなんですね。本当だったらこんな日本じゃなくてずっと遠くの南極にいるであろうシロクマです。
   きっと本当の自分はこんなんじゃないという思いも込められているのではないでしょうか。
   そしてシロクマさんは今ある日常の物語から抜け出したがっている。

   シロクマさんがしようとしているのは決して日常を大きく飛び越えた大冒険ではありません。「ちょっと遠い景色」「ビンの底の方に残った力」「君と笑いたい」「小さな灯り」「ゴミ山登る」など、言っていることはどれもささやかです。
   未知の世界に旅に出るでもなく、お姫様を助けに行くでもなく、エベレストを登ったりするでもない。もちろんキラキラに輝く財宝を手に入れることもない。
   今の日常から抜けたほんのちょっと先にあるものを目指している、というところに共感が持てます。

   例えば、金曜の仕事が終わったら、ちょっと遠くのコンビニに寄っていつもと違うツマミとエビス(第3のビールじゃない)を買って、部屋で(一人で)乾杯しよう!みたいな。……ちょっとチープすぎますかね。
   それなら、仕事の山を登りきったら、週末はスピッツのライブだ!楽しい音楽が地平線まで広がってるぜ!というのはどうでしょう。
   そして一緒に行くのは初めてスピッツのライブに行く彼女だったりするわけです。ライブが終わったら、「よかったね」といって君としゃべって笑いたい。お、いい感じ。

   最後は「星になる少し前に」という綺麗な言葉で終わります。それが、夜になる前の夕方のことなのか、自分が昇華するイメージなのかはわかりませんが、すとんと綺麗な場所に落ち着いた感じがあり、とても好きです。
   なんだろ、自分の形にぴったりのお布団にもぐりこんだ感じ?あるいはもふもふのシロクマさんに後ろからくるまれた感じ?なんか、最後にホッとする歌詞です。

   この記事も「シロクマ」をBGMにして書いているのですが、繰り返し聴いていると「明日からまたゆる~くがんばろうかな。とりあえずビールでも飲んで」という気分になります。
   そうだ、通勤する道を少しだけ変えて、行ったことのない路地に入ってみようかな。日常を抜けたちょっと先へ。いつもと違う景色が見れるかも。