憧れたのは弱いぬくもり ~スピッツ「旅の途中」感想

「旅の途中」はスピッツの10thアルバム「三日月ロック」の12曲目に収録されています。
   冬だし、雪もいっぱい降っているので、冬らしい曲を選んでみました。

「旅の途中」はスピッツのなかでは異色というか、真面目すぎて変な曲です。
   歌謡曲っぽいタイトルとか、宇宙言語を排除した普通な言葉遣いの歌詞とか。
   全体的にすっごく普通な感じがして、最初聴いたときは、あえてスピッツが歌う必要はないんじゃないかと思いました。と同時になんだかものすごく気にもなりました。「三日月ロック」というアルバムが全体的にザラザラとした激しいロックアルバムだったこともあって、かえってこの普通さが目立ったのかもしれません。
    何度も聴いているうちに、暖かくも郷愁を誘うサウンドや、短いけれど印象的な歌詞から、ああ、やっぱりスピッツじゃないと歌えない世界観だなと思いなおしました。何だかんだで今では好きな歌の一つです。

   歌の始まりと終わりに「君はやって来た あの坂道を駆けのぼってやって来た」というシンプルなフレーズがあり、この歌詞が歌全体の印象を決めているように思います。
   全く凝っていないごく普通の歌詞なのに、不思議と情景が浮かびます。
   僕のなかでは、君は白い息を弾ませてやって来て、こちらの姿が見えたら、遠くから笑って手を振るんですね。手につけた赤い毛糸の手袋が鮮やかで。道に積もった雪がきらきら反射して彼女を照らしていて。ーー今では、イントロのギターを聴いただけで、条件反射的に、坂を駆けのぼってやってくる君の姿が想像できてしまいます。

   歌の中で一番好きというか心に響いたのは「腕からませた 弱いぬくもりで 冬が終わる気がした」という歌詞です。
   当時は彼女なんていたことがなかったので、女の子と腕をからませるということがいったいどんなことなのか想像もつきませんでした。
   そして、それは冬を終わらすことができるというじゃありませんか。しかもすごい魔力を秘めているというわけではなくて、あくまでも弱いぬくもりなのです。すごいのに弱い、というのがすごい(!?)と思いました。

   草野さんの歌詞って、「ささやかな喜び」とか「小さな赤い灯」とか弱くて小さいものに光を当ててきますよね。そしてそれが歌のなかで特に印象に残ることが多い。
   ここでも「弱いぬくもり」という歌詞がすごく光って見えて、彼女のいない僕は強く憧れました。
「弱いぬくもりを知るまでは僕は死ねない!」ーーというと大袈裟ですが。

   そういえば、冬という単語はここでしか出てこないし、まして雪なんてどこにも書かれていないんですよね。それなのに、寒い冬の日に雪で白くなった坂道や、手袋やマフラーをした彼女の姿が自然と想像できてしまう。
   詩とメロディとサウンドとで世界観がジオラマのように精緻に作り上げられている。そう考えると、結構すごい曲なんじゃないかと思いました。今さらですが。