変わりたいと願った ~スピッツ「ハネモノ」感想

「ハネモノ」はスピッツの10thアルバム「三日月ロック」の7曲目に収録されています。

   初めて聴いた瞬間から自分の好みの音で、すぐに好きになりました。
   丁寧に包んだ紙のなかから取り出したような、綺麗な歌詞とメロディ。お菓子の入った小袋を机の上にちょこちょこと並べたような、可愛いイントロのアルペジオ。Aメロからサビにかけて静かにじわじわと盛り上がっていく、憎らしい曲構成。デジタル過ぎず、むしろ暖か味さえ感じられる、打ち込み系とバンドサウンドの絶妙なバランス。
 「三日月ロック」の個人ランキングでは、かなり上位にくる曲です。

   全体的にどこを切り取っても(地味にじわじわと)好きなのですが、何といっても印象的で破壊力があるのは、サビの歌詞です。

「ささやいて ときめいて
   街を渡る 羽のような
   思い通りの 生き物に 変わる」

   この歌が出た当時の僕は(というかだいたいいつもそうなのですが)、いろんな糸や紐が複雑に絡まったうえに、頭から重い蓋を被されたような状況にありました。今のままじゃ嫌だという漠然とした不安はあっても、変わることは重く苦しいことだと思い込んでいたので、このサビの持つ軽さに胸がすく思いがしました。
   僕らは、羽のように軽く、自由に、思い通りに、好きなように、違う何かに変わることができる。--「街を渡る羽のような」というフレーズが持つ軽さにとても憧れました。

* * *
「ハネモノ」のシングル盤が発売されたのは2002年の8月の初めで、僕は社会人2年目でした。発売した1週間後に会社の夏休みが始まり、僕は自転車で鳥取砂丘を見に行く計画を立てていました。石川から鳥取まで日本海沿いを走っていけば片道約400km、往復で800kmです。

   その頃は携帯プレイヤーなんてなかったので、旅先に音楽を持っていこうとしたら、ポータブルCDプレイヤーかMDプレイヤーしかありません。どちらも持っていなかったので、買ったばかりの「ハネモノ」の歌詞を何度も歌って覚えてから旅に出ました。
「素晴らしい風向き」「膜の外に」「無理矢理晴れた日」「転びながらそれでもいい調子」など、自転車の一人旅によく合うフレーズがちりばめられていて、「ハネモノ」を口ずさみながら、北陸から山陰のひなびた海岸線沿いを自転車で走るのはとても気持ちよかったです。
   ウミドリが目の前の空を飛んでいるときには、羽を落としていってくれないかなぁなんて思ったりもしました。

   旅の方は結構ドタバタしていて、3回もタイヤがパンクしたり、暑くて死にそうになったり、寝場所がなくて橋の下や駅前のベンチで寝たり、こじんまりとしたちょっと汚れた銭湯でおっちゃん連中と話したり、鳥取砂丘の広さに呆然としたり、砂丘の前で食べた梨がとてもみずみずしかったり、小さな漁港の前にある食堂の定食がめちゃめちゃおいしかったり。大変だったけど、新鮮な刺激に溢れていて、とても楽しかった。

   それで、変われたかというと、結局何も変わらなかったし。何になりたかったのかというと、それすらもよくわからないような感じではあるんですけど。
   それでも、楽しかった記憶がなんとなく自分の底の方に残っていて、今でも最後のほんのちょっとの力になってくれているような気はします。(ちょっと「シロクマ」っぽい?)