眠たい霧のなかを行く ~スピッツ「ナイフ」感想

「ナイフ」はミニアルバム「オーロラになれなかった人のために」の3曲目に収録されています。

   1分近いイントロ、スローなテンポ、盛り上がりのないメロディ、ささやきかけるような草野さんの歌声、7分弱の演奏時間と、眠くなる要素満載の曲であり、アルバム最大の鬼門と言えます。この「ナイフ」をどうやって乗り切るかで、「オーロラ」を聴き通せるかどうかが決まります。
   と、書くと悪いイメージしかないように聞こえますが、決してそんなことはなく、平坦で起伏がない曲調のわりには、印象に残る曲でもあります。霧のなかを歩いているような、幻想的でキラキラとした雰囲気があります。あまり聴いてこなかった歌なのですが、それでも「オーロラ」のアルバムで真っ先に思い浮かべるのは、名曲と言ってもいい「田舎の生活」ではなく、この「ナイフ」の方です。
   他のスピッツの曲にない独特なものを持っているから、どうしても気になってしまうのかもしれないですね。

「ナイフ」のどのへんが独特なのか書いてみます。
   まず、イントロが長いです。そしてモニャモニャと、いえ、モヤモヤとしてます。これがわりと珍しい。あ、「コスモス」はわりと近いイメージかもしれないですね。

   次に、歌詞がものすごくわけわからないです。初期のスピッツのなかでも頭一つ抜き出てると思います。
「ハンティングナイフのごついやつをあげる」とか「君がこのナイフを握りしめるイメージを毎日毎日浮かべながらすごしてるよ」とか、君にナイフで殺されに行くのか!?あるいは無理心中か!?と、怖いことを想像してしまいます。草野さんの声がいつもと違う低音でぶつぶつとつぶやくような感じなので余計に不気味です。

   3つ目に、サビがない。いや、サバンナのあたりのパートがサビなのかもしれませんが。
   曲構成を見ると、Aメロ、Aメロ、Bメロ(サバンナ)、Aメロ、(間奏)、Aメロとなっていて、ほぼAメロのみです。蛇足程度にBメロがついているに過ぎない。ほぼAメロのみの構成というのが、なかなか地味に攻めてきているなと思います。

   4つ目に、ストリングス中心の間奏が意外といい。この間奏が静かな盛り上がりをみせてくれます。今まで道を包んでいた霧がすうっと晴れて光が差し込むようです。久しぶりに「ナイフ」を聴いて一番いいなぁと感じたのがこの間奏でした。
   静かに盛り上がって、さあ次は?と期待させておいて、真のサビが待っているわけでもなく、また最初のAメロに戻って「ハンティングナイフのごついやつをあげる」と歌って終わるのが、オチっぽくって素敵です。さすがはスピッツ、期待を裏切らないな(裏切る?)と思いました。

* * *
   むかしライブで「ナイフ」を聴いたことがあります。そのとき、不覚にもイントロだけで曲名が出てきませんでした。一分近く、あれ?新曲?そんなわけないよなっと戸惑っていました。歌が始まっても「ナイフかなぁ?」と疑問形でいまいち特定できず、「ハンティングナイフ」という単語が出てきて、ようやく曲名がわかったという。ファンとしてなかなかに恥ずかしい体験でした。
   でもこれが「ナイフ」でよかった。たぶん「魔法」や「涙」だったら、曲が終わってもタイトルが出てこなくて、屈辱にまみれながらライブ会場を後にしていたかもしれません。

   どのアルバムもちゃんと聴いて、予習はムラなくやりましょう。という教訓でした。