【感想】酒見賢一「泣き虫弱虫諸葛孔明」|変人ばかり!だけどリアルな三国志が楽しめる

    十代のころ夢中で読んでいた「後宮小説」「陋巷に在り」の作者の酒見賢一が三国志の諸葛孔明を主人公に置いた歴史小説を書き上げました。

   その名は「泣き虫 弱虫 諸葛孔明」!!

   三国志ファンを煽っていると言えなくもないタイトル。

   大丈夫か、酒見賢一!?

酒見賢一「泣き虫弱虫諸葛孔明」全5巻

   ハードカバーではずいぶん前に完結していたのですが、2020年に最終巻が文庫化されたのを機に読んでみることにしました。


   内容はおかしな孔明像と酒見賢一の独特な語り口調がクセになる!?そんな怪作です。


   以下、全5巻の概要と簡単な感想を書きます。


第壱部

   三顧の礼をもって劉備が孔明を迎え入れるところまでが描かれる。

   と言っても黄巾の乱や桃園の誓いがすでに終わったところから始まっているので、三顧の礼だけに1巻がまるまる使われている。なんというアンバランスっぷり!

   1巻の孔明は宇宙を語り臥龍の噂を流して情報操作するおかしなコスプレ野郎として描かれている。彼がいかに奇人かということに延々とページを割れており、面白いと言えば面白いし、冗長といえば冗長。しかしそこが良い。


第弐部

   長坂坡の戦いでの劉備軍の逃走劇が描かれる。

   劉備はものすごい仁義の人なのだが、宴会好きの大馬鹿者である。

   2巻になっても表舞台での孔明の活躍はまだない。曹操軍からの逃走の際に孔明マジックが炸裂するのみ。(それはそれで面白い)

   それにしても張飛、趙雲の怪物じみた戦いっぷりが読んでいて痛快である。酒見賢一は小説の節々で三国志の脚色にダメ出しをしているのに、武将のデタラメな戦闘力は疑わず全肯定しているところが可笑しい。


第参部

   赤壁の戦いから周瑜の死までが描かれる。

   赤壁の戦いも本戦に入ると劉備軍の見せ場はほぼない。(いったいいつになったら活躍するんだ!?)

   2巻に引き続き孔明の活躍もあってないようなもの。

   しかし作者曰く「この時点では国を持たず傭兵部隊に過ぎない劉備軍が呉と対等の同盟を結べたことがすごい」とのこと。孔明お見事!派手なバトルだけが見せ場ではないということですね。

   また呉の人たちの口調が「〜じゃけん」と広島弁なのが面白い。なるほど、そういうイメージなわけか。


   赤壁の戦いが終わってから周瑜の死まではいつもの無駄口(?)は控えめで粛々と物語が進んでいく。そのため道半ばで倒れた周瑜の悲しさがよく伝わってくる。


第四部

   前半で鳳雛が戦死する。

   中盤ついに劉備は呉から借りパクしていた荊州以外に初めての領地益州を手に入れる。

   これでようやく天下三分の計の形が整う。

   しかし、まさにこれからというときに、関羽が戦死し、続いて張飛、曹操が亡くなり、劉備も逝ってしまう。

   英雄がパタパタといなくなったことに「あれ、こんなにも三国志のメイン部分って短かったっけ?」と驚く。

   残念なのは第四部に入ってから物語のテンポが早くなり、第壱部で見られた酒見節(無駄口)が影を潜めてしまったことだ。

   蜀に入ってからの孔明の奇天烈な行動を見たかったし、蜀人には孔明の変態さがどう映っていたかも知りたかったし、蜀の法正とのネチネチとした頭脳バトルもあったならば描いてほしかった。


第伍部

   最終巻。

   序盤は孔明率いる蜀軍と南蛮の王との奇天烈な戦いが描かれる。

   第一部の冒頭でこの南征について作者が言及し前フリがあっただけに読む前から期待が膨らむ。孔明の自動機械が炸裂し怪しい仙人が登場し、冒険譚としても面白かった。

「陋巷に在り」で顔回が病気の妤を救うために冥界に降りていった件を思い出す。


   後半は孔明が「出師の表」を奉じ、ついに北伐が始まる。「泣いて馬謖を斬る」「司馬仲達との直接対決」「五丈原の戦い」など見せ場多し。孔明、がんばれ!

   しかし歴史が変わるはずもなく、孔明が魏を倒すことはない。

   最後は病に倒れ、物語の幕は閉じる。


む す び

   孔明が奇人変人として描かれていておかしかったです。

   奇抜なスタイルの小説ですが、中国大陸のスケールの大きさや劉備の人望の無茶苦茶っぷりや、蜀が魏に勝つことの無謀さがよくわかり、リアルな一面もあります。

   なにより登場人物が皆おかしくて愛着がわくのがいい。愉快な仲間たち(?)が劇中で退場することになるとなんだか寂しい気持ちになりました。


   惜しいのは3巻後半から語り口調がクールになり展開が淡々と速くなってきたところでしょうか。

   1巻のテンポの遅さからだと全10巻くらいの大作になる予感だったのですが。

   作者も疲れちゃったのかな??

   展開が速くなると同時に、奇抜さが影を潜め、普通の歴史小説になっていったのが残念でした。


   ところで「泣き虫弱虫諸葛孔明」というタイトルがずっと気になっていました。

   全然泣き虫でも弱虫でもないやん!タイトル詐欺なのでは?と。

   これについては最終5巻のあとがきで作者のコメントがありました。

「……語呂が良いからである。ただそれだけだ」ということです。

   語呂だけなのかーー。


   だったら、自分ならこの作品にどんなタイトルを付けるだろう、と考えてみました。

「法螺吹き孔明、宇宙を語る」

   どうでしょうか?


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