コロナの時代に読む カミュ「ペスト」感想

   大学時代以来、約20年ぶりにカミュの「ペスト」を読みました。
   コロナに直面するなかで何か新しい気づきがないかと思ったので。
   3月末から読み始めたのですが、最近読書のペースが遅いので2ヶ月半もかかってしまいました。
カミュ ペスト

ペストとコロナの違い

   まずカミュの時代のペストと現代のコロナとの違いが興味深かったです。

   ペスト: 既知の感染症だが、致死率が高い。感染したらほぼ確実に死亡する。ワクチンはあるが増産できておらず、患者を救えない。
   コロナ: 致死率は低いが、未知の感染症。ワクチンがない。

ペスト禍の生活様式

   次にペスト禍のなかでの生活様式の変化とその対応に注意して読みました。

   舞台となるオラン市はペストが広がり始めた物語の前半で都市封鎖されます。
   外に残した愛する人に会えない不満や、相次ぐ死亡報告によって、物語が進むにつれ、街の人々の心はだんだん麻痺し病んでいきます。
   ペストの致死率はほぼ100%なのでピーク時にはオラン市だけで毎日300名以上がペストで死亡し、主人公(医師リウー)の仲間たちも何名かがペストに感染して亡くなります。

   しかし、こうした過酷な状況にもかかわらず外出制限は決して厳格とはいえません。
   カフェが開いていたり、足止めされた劇団が週一で上演しており、物語の後半においてさえ集会や講演が行われています。
   ペストはコロナよりも致死率が高いにもかかわらず、今のコロナ対策ほどには3密が避けられておらず、人が密集しています。
   コロナによって世界の各都市がロックダウンしている様をニュースで見ていると、作中のオラン市の様子がぬるく映ってしまいました。
    オラン市民はもっと警戒心を持って振る舞ってもいいのでは??

   感染症の種類、時代背景、風土などが違いすぎるし、なによりも創作と現実の違いもあって、コロナ禍の新しい生活様式の参考とするにはあまり役に立ちませんでした。
   20年前に初めて読んだときの記憶では、悪疫が漂う閉鎖空間での過酷な生活や対処がもっとしっかり描写されていたように思ったので、ちょっと残念です。

物語の注目点

   現実世界でコロナという感染症が広がっている状況にあって「ペスト」を読み返してみると、学生時代に読んだときとはまた違う印象がありました。良くも悪くも作り物くささがある。
   とはいえ、過酷な環境のなかで耐え忍び行動する主人公たちの姿に心打たれるのもまた事実です。
   個人的に感銘を受けた好きな箇所あるいは注目してもらいたい箇所が2つあるので紹介します。

新聞記者ランベールの保険隊への志願

   ランベールはたまたまオラン市に居合わせただけのオラン市とは無関係の新聞記者です。
   外国に残した恋人に会うため、最初はあの手この手を使って都市封鎖されたオラン市から逃走しようとします。
   しかしペストの感染が深刻化するなかで、彼はオラン市に残り、保険隊に志願します。
   そのときの彼の言葉がとても印象的です。

「自分一人が幸福になるということは、恥ずべきことかもしれないんです」
「ぼくはこれまでずっと自分はこの町には無縁の人間だ……そう思っていました。ところが、現に見たとおりのものを見てしまった今では、もうたしかに僕はこの町の人間です」
「この事件はみんなに関係のあることなんです」

   無関係と思っていたものが自分と関係があると悟ったときに、逃げずに受け入れて行動に出る。そのことに、僕は胸を打たれたのでした。

神父パヌルーの2回目の説教

   僕が学生時代に「ペスト」を読んで最も感銘を受けたのがここでした。

   キリスト教の神父であるパヌルーは作中で2回、集会を開いて市民に説教をします。
   ペスト初期の1回目の集会では、ペストを神が与えた試練と言った具合に教本どおりの説教をします。
   しかし、やがてペストが市中に蔓延し、パヌルーはある少年の不条理な死に立ち会うことになります。その後に行われた2回目の説教では彼の思想に大きな変化が現れます。

「ペストがもたらした光景を解釈してはならぬ、ただそこから学びうるものを学びとろうと努めるべきである」
「世には神について解釈しうるものと、解釈しえないものがある」
「すべてを信じるか、さもなければすべてを否定するかであります。……いったい誰が、すべてを否定することを、あえてなしうるでしょう?」

   パヌルーは子供が苦しんで死んでいったことに対して、納得できない。だからといって彼が信じる神を否定することはしない。学びうるものは学びとり、彼が信じる愛を貫こうとする。

   困難な状況にあっても、自分が信じるものを否定せず、しかし目の前の現実を歪めたりせずに、逃げることなく能動的に立ち向かっていく。それがとても素晴らしいと感じました。

ヒロイックではなく

   ランベールにしてもパヌルーにしても、大きな環境の変化から目をそらさずにしっかりと向き合っています。
   そして自分が恥ずかしいと思うことをせず(一人だけ逃げない)、自分の信念を曲げることもない(神を否定しない)。

   この小説にはヒロイックな描写はなく、ヒーローと呼べるような人物は出てきません。
   だからこそただの一市民である彼らの取る一つ一つの行動からは学ぶものがあるのと感じるのです。



余談

   僕の持っている「ペスト」の文庫は平成12年印刷のものです。
   学生時代に中古で買いました。
   そのため、今読むと文字が小さい。1ページ当たりに文字がびっしり!!
   よくこんな細かいものを学生時代は読んでいたなーと感心しました。
   いまは読むと目がしょぼしょぼします。

登場人物

最後に登場人物を箇条書しておきます。名前を覚えるのが苦手なので、自分の備忘録用に。
  • リウー 医師
  • タルー 金持ちの旅行者。ホテル暮らし。のちに志願の保険隊を結成
  • ランベール 新聞記者。ホテル暮らし。フランスに恋人を残してる。のちに保険隊に志願
  • グラン 小説を書いてる。役所勤め
  • コタール 自殺未遂をする犯罪者
  • パヌルー 神父
  • オトン 厳格謹直な判事

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