トゲトゲのトゲトゲのトゲトゲの 〜スピッツ「トゲトゲの木」感想

「トゲトゲの木」はスピッツのスペシャルアルバム第1弾「花鳥風月」の13曲目に収録されています。
   もとはインディーズCDに収録されていた曲です。


   歌全体から感じられる飄々とした雰囲気が好きです。
   のんきな昼下がりが似合いそうな歌詞がたくさん出てきます。
「プーリラピーリラ」「朝寝」「くねくねでいいな」「入道雲のタメ息」「お日様苦笑い」「洗濯物」などなど。
   春先の陽気に誘われて日向ぼっこしながらビール片手に聴いていたくなります。
   でも心地よくうとうとし出したたころに「僕がまばたきをしたその瞬間に もう目の前から君は消えていた」という歌詞が流れたら、圧倒的な消失感にハッと目が覚めてしまいそうです。ここ、けっこう怖いですよね。村上春樹の小説にもありそう。
   こんなふうに突然君を失う感覚は初期のスピッツならではな気がします。

* *
   2回目のAメロに「ハナムグリ」という虫が出てきます。
   歌詞はこんな感じです。
「ハナムグリ 僕はまだ白い花びらにくるまってる」

ハナムグリという名前は「成虫が花に潜り、花粉や蜜を後食することに由来する」そうです。(wikiより)
   僕はこれまで「ハナムグリ」がどんな虫なのか知らなかったのですが、カナブンやコガネムシみたいな虫だったんですね。写真で見る限りは綺麗そう。もっとアブラムシみたいなものかと思ってました。

   アルバム付録の対談のなかで「嫌なことがあると”ハナムグリになりてえな”とか思ってた」と草野さんは話しています。
   二十歳のころの僕も、逃げ出したい気持ちでいっぱいだったので、花に潜って隠れるという表現にすごく惹かれました。
   花に隠れるというとメルヘンチックすぎるけど、それを昆虫で比喩することで男子っぽさが増して、グッと共感度が高まります。
「ハナムグリになりてえな」ーー大学生のころは、そんなことを思いながら、6畳のアパートの部屋でゴロゴロしていたように思います。

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   前述の対談のなかに「このへんの曲を聞いた人が『現代詩みたいだ』と言ってくれた」と書いてありました。草野さん本人は意識していなかったみたいですが。

「現代詩みたい」が言わんとしていることと同じかどうかわかりませんが、僕は「トゲトゲの木」を聴くと絵本のイメージが湧きます。
「ハナムグリとトゲトゲの木」とか「ハナムグリの一日」とか「ハナムグリの冒険」といったタイトルの、カラフルな絵本です。ハナムグリがトゲトゲの木の上で寝て起きて食べたり、世界の謎を知りたくて木の枝を上へ上へと登ってみたり、そんな小さな虫さんの話。

   現代詩、絵本、虫の名前、のんきな昼下がり……「トゲトゲの木」から湧いてくるイメージは全然ロックっぽくないです。しかし、歌詞のなかにはゾッとするくらいの大きな消失感があります。君は僕のことを嫌いだと言い、目の前から君は消えてしまい、僕は「元気でね いつまでも」と別れを告げなければならない。
   世界が決して安定した盤石なものではなく、あるとき突然もろく壊れて消えてしまうかもしれない。そんな価値の崩壊を歌っているところに、ロックらしい反骨心(反抗心?)を感じるのでした。