村上春樹「騎士団長殺し」文庫版第2部 感想

   読み終わってから1か月以上経ちましたが、村上春樹の「騎士団長殺し」の感想を書きます。
   ややネタばれふくみます。
村上春樹「騎士団長殺し」文庫版第2部

   第2部の上巻では、肖像画のモデルになる秋川まりえと主人公とのかかわりが増えていきます。
   まりえは大人びているけれど年相応の無邪気さも備えていて、かわいらしい。
   村上春樹はローティーンの少女を描くのが意外とうまいなと思いました。ほんと意外に。
   ただ、あまりにしつこく胸の大きさのことを持ち出すのはどうかと思いました。
   まりえの魅力のおかげで、第2部上巻は面白く読み進められました。

   ただ、下巻に入ると急に気持ちが冷めていきました。
   主人公がメタファーである「騎士団長」を殺し、別の世界に入るあたりからです。

   なぜ問題を解決するために「あちらの世界」を持ち出す必要があるのだろう。
   しかも何の脈絡もなく唐突に「あちらの世界」に行ってしまうのです。
   なんだか違うなーと気分が盛り下がりました。見たかったのはこれじゃない感。

   もっとも、村上春樹の話はこういうものが多いので、途中からだいたい予想していたことではあります。
   それでも「ねじまき鳥」などに比べると「あちらの世界」へのシフトが何だか強引というか、話の流れを断ち切っている風に感じました。

   また、騎士団長を殺すというシチュエーションがどうしても好きになれません。残酷だから、ではなくて、それが現実ではなくメタファーだから。
   ちょっと変な感想かもしれませんが、想像のなかで人を殺すことによって、現実に人を殺したことと同等の経験を手に入れる(あるいは結果や作用を得る)という図式が、納得いかない、もしくは嫌だと感じました。

   村上春樹は、暴力が想像のものであったとしても現実と同じように力を持つ、ということを伝えたいのかもしれない。だからよく想像しなさい、と。
   でもそれを伝えたいのなら、メタファーの殺人によって、現実世界の問題が解決に向かうような展開にするのではなく、メタファーの殺人によって、悪い方に進むべきじゃないのだろうか。
   なんだかそのへんがもやっとして、気持ち悪いのです。
   まあ、そう思わせる時点で描写としては成功しているのかもしれませんが。

   あと、妹がもう少しかかわってくるのかと思ったら、第2部ではほとんど出てきませんでしたね。あちらの世界でもっと活躍するのかと思いました。けっこう好感度が高かっただけに残念。


   物語の9割は楽しめた。でも1割くらいが肌に合わなかった。そんな小説でした。
   魅力は、画家が人里離れた山のなかの一軒家で暮らしている、というシチュエーションですかね。(え、そこ!?)
   普通の会社員からするとうらやましい生活だなーと憧れます。いや、主人公は好きでひきこもっているわけではないんですけどもね。

   あとは、前半のミステリー&ホラーな雰囲気もいいです。顔のない男、鈴、洞、騎士団長……。
   たくさんの謎をうまく消化して、最後まで行ってくれればよかったのですが。そうは行かないのが村上春樹ではあるんですけれど、なんだか物語として中途半端だなと感じてしまいました。