雨の東京を生きる ~新海誠「天気の子」感想

ネタばれ無しのざっくり感想

「天気の子」観てきました!
   個人的には前作の「君の名は。」よりもよかったです。
「君の名は。」はこれまでの新海作品(雲の向こうや秒速5センチ)を足し合わせた集大成といった感じでどうしても既視感がありちょっと物足りないものがありました。
   一方「天気の子」はそこからさらに先に進んでいて、何が起こるかわからないハラハラ感がありとても楽しかったです。

   それでいて、初期のころから新海作品がもつ特長は引き継がれています。
   映像と音楽のシンクロの素晴らしさ、空の美しさ、モノローグのずるいくらいの詩的な響き、孤独からの心と心の共感、少年と少女のみずみずしい感性など。
   観る側が望んている今まで通りの新海色を守りつつ、観る側が期待する新しい色も取り込んでいたと思います。
   とても詩的で文学的な側面を持ちつつ、ノンストップのアクション映画のようでもある。静かで激しくて、そして美しい。

   映画の鑑賞中は、雨の東京が陽菜の祈りで晴れていく映像の美しさと鮮やかさにときめき、雨宿りしたホテルでの帆高のモノローグでぐっと熱いものがこみ上げ、挿入歌の「グランドエスケープ」の合唱部分の入りで感動し、ラストの東京の光景に希望を感じました。

   で、ざっくり感想をまとめると「普通の少年少女が一生懸命に生きていく様を描いている」ことがよかったです。共感し感動しました。

   また映画館に観に行きたいなー。
   自分のなかで一番好きなアニメ映画は「雲のむこう、約束の場所」なのですが、もしかしたら「天気の子」に一番の座を譲ることになるかもしれません。
   それくらいおもしろかったです。

   あと、珍しくパンフレットを買いました。
   パンフレットは新海監督のインタビューとキャストのインタビューが載ってます。シンプルな構成でした。800円也。

   ※このあと、ストーリーに触れた感想あり。

天気の子 パンフレット





ネタばれありの感想

    あんまり難しいことはわからんです。
   伏線がどうとか、そういう細かい話は抜きにして。

1)雨宿りのモノローグ

   すごく好きなモノローグがあります。後半で帆高、陽菜、凪の3人が逃避行した先のホテルで過ごすところです。
   ほんのわずかなひと時ですが3人で楽しい夜を過ごすなかで、帆高が神様にお願いする。「これ以上僕たちに何も足さず、僕たちから何も引かないでください」
   引かれないことと同時に足さないことも願うところが切ないです。

   僕らは十分満たされている、だからこのときが永遠に続いて。
   自分もそういう一瞬を求めていたころがあったことをふと思い出しました。
   20歳前後のころです。
   帆高と違ってそんな一瞬があってそう願ったというよりも、そういう一瞬がいつか訪れることに憧れて、そしてその一瞬さえあれば全てを肯定して生きていけると信じて、それを必死に求めていたように思います。(ニーチェの永劫回帰の影響もちょっと、いや、かなりあった。)
   孤独で寂しくて誰かとつながりたかった。
   そんな遠い昔のことを、帆高のモノローグを聞いて思い出しました。

   それにしてもホテルでの雨宿り&逃避行ってなんかいいですよね。
   もしも子供のころにこれを見たら、きっとどきどきしてただろうなー。
   バスローブを着てはしゃぐ陽菜の姿が、少年期の憧憬としてずっと心の奥に留まったに違いない。

2)雨に沈んだ東京

   ラストが好きです。
   3年間、雨が降り続いて雨に沈んだ東京。
   未だやむことのない雨。
   でも都市には水上バスが走り、「お花見楽しみー」という女学生の声が聞こえてくる。
   どんなことが起こっても、人は適応し、たくましく生きていく。
   そんな東京の姿から「大丈夫」というメッセージをとても強く感じました。
   暗く沈んだ映像ではありますが、薄っぺらくないたしかな希望がある。

   雨に沈んだ東京で当たり前のようになじんで生きていく街の人々を見たくて、僕はまたこの映画を観にいくと思います。もちろん、また帆高と陽菜に会いたい。

3)空を落ちていく

   挿入歌の「グランドエスケープ」がすごくいいです。
   女性ボーカル&男性ボーカル、そして合唱。スケール感あり、きらきら感ありで申し分なしです。
   映画のなかでの使われ方も最高でした。
   帆高と陽菜が空から落ちていくシーンで歌が流れるのですが、、二人の動きもカメラの動きも縦横無尽でスピード感があってハラハラしました。
   そして帆高が世界ではなくて陽菜を選択する。
   空を飛ぶのではなく落ちていくなかでその決断をする、というのがなんだか象徴的です。

   ということで、この歌が使われている映画の予報(予告?)を貼っておきます。
   聴くだけで熱くなります。


4)世界はそもそも狂っている

   映画のなかに出てくる「世界はそもそも狂っている」というセリフが危ういと感じました。
   おそらくのこのフレーズはこの映画のテーマであり核心だと思います。
   ただ、帆高が世界ではなくて陽菜を選び東京が雨に沈んだことと合わせると、「世界は狂っているのだから自分が好きなようにやっていい。何をやってもいい」というふうにもとらえられかねない。
   それはなんだかセーフティのない社会のようで危ういな、と。

   パンフレットのなかで新海監督が「主人公である少年が『天気なんて狂ったままでいいんだ!』と叫ぶ話」と書いてあったので、本来伝えたいメッセージはそういうことなのでしょうけれど。

「世界はそもそも狂っている」ーーだから狂ったままでいい。
   それは何かを僕らが選択するということではなくて、その狂った世界をどう受け入れていくかということなんだと思います。

   雨の中で「お花見楽しみー」と言った誰か(モブ)の声が脳裏をよぎります。
   雨の中でだってお花見は楽しめる。常識は一つじゃない。だから気楽に行こう。
   そういうことだとしたら、これから世界がいろいろ変わっていったとしても悪いことばかりじゃない。たぶん。

5)走る!

   映画の終盤で、帆高が陽菜を取り戻すために廃ビルを目指して走るシーンがあります。
   このときの帆高の走る姿がすごく好きです。

「君の名は。」でもラストで三葉が走ります。何度も転びますが、血だらけ汗だらけになり傷つきながらも走る姿は、すごく主人公らしい。
   一方の帆高の走る姿は決してかっこよくない。むしろ客観的には通行人から「なにあれ」と言った感じで笑われているし、走る描写にも疾走感がない。
   そりゃマラソンのような距離を走るんだから短距離のようにはいかないですよね。

   また帆高がラスト近くで拳銃を警察に向けたとき、その拳銃はがたがたに震えています。そして「誰もわかってくれない」と叫んだとき、その悲痛な叫びから年齢相応のもろさや弱さを感じました。

   彼は、誰からも理解されないし、決してヒーローではない。
   彼は、ごく普通の少年で、でも、まっすぐに全力で走り、負けながらもがんばってこの世界とたたかっている。
   それがすごくいい、と思うのです。
   その結果起こったことなど、たぶんそれほど重要ではない。
   だって、どのみち「世界はそもそも狂っている」のですから。

6)映画の主人公ではない普通の少年少女の話

   この映画は、普通の少年と少女が出会い、懸命に生きていく物語です。
   決して世界を救ったりはしない。でも当事者にしかわからない特別な何かがある。
   そんなところに、平凡だと自覚しながらも物語の主人公に憧れる心が、共感し、強く惹かれます。
   新海誠、いいなー、好きなだなーと思うのでした。