猫のいる部屋 ~スピッツ「猫になりたい」感想

「猫になりたい」はスピッツのカップリング集「花鳥風月」の6曲目に収録されています。


   なにかと細かいエピソードに事欠かない歌です。

① シングル「青い車」のカップリング曲として収録されましたが、シングルのジャケットは自動車ではなくて猫のオブジェのようなものになっています。カップリングの猫がジャケットをジャックしています。
   発売ぎりぎりまでどちらの曲をシングルにするか悩んでいたため、こんな形になったのだとか。
   最終的には、気持ちがどんどん表に行きたがっているころだったので、乗りの良い方を、ということで「青い車」に決まったそうです。

② ファン人気が異常に高いです。
   ファンクラブイベントのアンケート投票では人気がありすぎて「殿堂入り」になっていました。「殿堂入り」した歌は今のところ「猫になりたい」以外はありません。

③ ライブDVD「ジャンボリー2」に収録されている小岩井農場の野外ライブのMCにおいて、草野さんが後世に残る名言を残しています。
   雨の中の映像なのですが、「猫になりたい」を歌う前に草野さんが「今日は……気持ちよすぎて、小岩井の土になってしまいそうだ」
   土になるってすごくないですか?音楽の快感が究極まで高まったら、人は土になるのです。すごい。

   ライブ映像も素晴らしくて、雨に包まれて独特な雰囲気に仕上がっています。(参加した人は雨で大変だったと思いますが)

   そんな感じで、話題に事欠かない歌です。

* *
   では歌の内容はどうかというと……、
   まずイントロのメロディが優しいです。
   このギターを聞くたびに子猫がころころと転がっている様子を想像してしまいます。

   もちろん歌が始まってからのメロディも、やわらかくて優しくて良いです。草野さんの声もちょっと甘め。

   歌詞も素敵です。
   Aメロからして琴線に触れてきます。

「灯りを消したまま話を続けたら
   ガラスの向こう側で星がひとつ消えた」

   きっと二人は同棲しているのだと思うのですが、「星がひとつ消えた」がいいですよね。
   夜になったら一番星が光って、夜明けが近づいたら星がひとつ消える。
   静かに時間が流れていくのを、今ここで体験しているように歌っているのが素敵です。

   それからBメロの、
「広すぎる霊園のそばの このアパートは薄ぐもり 暖かい幻を見てた」

「霊園」から感じる寂しい外の空気と、「薄曇り」から得られるあたたかい部屋のギャップが心地良いです。人恋しくなります。
   ちなみにここで想像する霊園は日本式のお墓ではなくて、函館や長崎にありそうな外人墓地なのですが、どうでしょうか。(そうでもない?)

   AメロBメロで想像力をフルに掻き立てられたあとに、強烈なサビがきます。
「猫になりたい 君の腕の中」

   タイトルどんっ!で「猫になりたい」です。ここまで欲求や願望にストレートな歌詞もないと思います。
   でもあくまで猫なんですよね、大胆だけど可愛らしい。

   それにしても女の子に「猫になりたい」と言って許される男の子ってそうそういないと思うんですよね。僕なんかが「猫になりたい」とか言っても気持ち悪がられるだけでしょうし。草野さん、いいなー、ずるいです。はあぁ(ため息)。
   ……と、二十代のころはこの歌を聴きながら変なところで卑屈になっていました。

   そんなやさぐれた僕の気持ちを、サビの後半の歌詞がちょっと慰めてくれます。
「消えないように傷つけてあげるよ」
   甘えたいだけの弱い存在じゃないぞ、ちゃんとツメを隠し持ってるんだぜ、という屈折したプライドが見え隠れしていて、この最後の歌詞はかなり好きです。

   まあ卑屈な自分のことは置いておくとして、「猫になりたい」は少し寂しくてほんわりとあたたかくて、スピッツの数ある曲のなかでもトップクラスの名曲だと思います。

* * *
   彼女のいない時期が長かったからだと思うのですが、僕が歌を聴いて思い浮かべるのは、こたつとストーブのある部屋に猫といっしょに暮している女の子のイメージです。同棲や色恋は一切関係なく。
   こたつの上にはミカンがあって、猫は女の子に寄りそって丸まっていて、女の子は本を読んでいる。まるで絵葉書の一コマのように、そこはただあたたかくて心地よくて。

「猫になりたい」の世界の住人になりたい。せめてあたたかい幻を見ていたい。
   二十歳のころは、そんな風に思いながら日々を過ごしていたように思います。