新海誠 映画全作品 感想 ~世界と感情のリアリティ

   昨年末に新海誠監督の新作映画が2019年7月19日に公開されるとの発表がありました。
   タイトルは「天気の子」。どんな内容になるのか楽しみですね。
   個人的には、音楽が天門さんに戻るのかも気になるところです。(現時点ではまだクレジットが出てない)

   さて、新作発表記念というわけでもないですが、新海誠監督のこれまでのアニメ映画をふりかえって、つらつらと感想を書いてみたいと思います。
   重要なネタバレはしないつもりですが、なにか踏んでしまったらごめんなさい。
新海誠 blu-ray DVD

   と、その前に……

新海作品を知ったきっかけ

   2003年に発売された「網状言論F改」(東浩紀・編著)という書籍があります。「オタク」や「萌え」について分析した本です。そのなかの「萌えの象徴的身分」(斎藤環)という章のなかで、新海誠の「ほしのこえ」が高橋しんの「最終兵器彼女」とともに紹介されていました。
   これが新海誠の名前を知った初めてになります。

   本の内容の詳細は省略しますが、この2つの物語はどちらも、背景がよくわからない戦争が起こっている大きな『世界』と、まったりすぎていく小さな『日常』の両方が描かれていて、その間に乖離がある。しかし、そこに乖離があっても我々が不思議に思わないのは、それを感情のリアリティによって補填しているからではないか……というようなことが書かれていました。
   この感情のリアリティという言葉に惹かれて、僕は新海誠に興味を持ったのでした。(もちろん、最終兵器彼女の方も、アニメを借りて観て、漫画も買いました。おもしろかったです。ちせ、かわいい)



   次から、作品の年代順に感想を書いていきます。

ほしのこえ

   2002年公開。
   僕が初めて観た新海作品です。レンタルしたので、残念ながらDVDは持っていません。
「私たちは、たぶん、宇宙と地上にひきさかれる恋人の、最初の世代だ。」というキャッチコピーのとおり、遠距離恋愛を宇宙規模でやってのけた作品です。

   事前に新海監督が一人で作ったということを知っていたので、まずクオリティの高さに驚きました。
   絵が綺麗だし、ロボットはよく動くし。たった一人で作ったレベルじゃないです。
   アニメってこんなにすごいんだ、とアニメの可能性をあらためて感じさせられました。

   30分程度の短いフィルムなので大きな感動こそありませんが、それでも、作中でどんどん距離が離れていく二人の少年少女のやりとりに切なくて胸が苦しくなったことを覚えています。
   なにせ、天文学的に距離が離れていくわけですから。まともに感情移入してしまうと、こんなのどうしろというんじゃい!と何かに当たりたくなります。

   たしか、付録で新海監督ご自身が声優をしているバージョンが入っていたと思います。
   個人で作ったらそりゃ声も自分で当てますわな、と妙なところで感心しました。

雲のむこう、約束の場所 

   2004年公開。2作目。
   当時僕は横浜に住んでいたので、渋谷の単館系の映画館まで足を運んで観ました。
   その後、DVDとBlu-rayも購入して何度も観ました。アニメ、邦画、洋画をふくめて一番好きな作品です。

「高い塔」「白い飛行機」「初恋」「憧憬」「孤独」「平行世界」……そうしたキーワードに惹かれるならば「雲のむこう、約束の場所」を観ることをおすすめします。

   日本が南北分断されたもう一つの戦後の世界。北海道はエゾと呼ばれ、ユニオンに占領されている。エゾにはユニオンによって造られた高い高い白色の塔がある。青森に住む少年ヒロキとタクヤはユニオンの塔に憧れ、塔に行くために飛行機を作っていた。その飛行計画に中学三年の夏、同級生の少女サユリも加わり……というお話。

   前半はヒロキ、タクヤ、サユリが過ごした中学3年生の夏が描かれています。
   嘘のように高くそびえる塔を背景に、3人の少年少女が1つの目的に向かって日々を過ごしている姿は、切ないながらも眩しいものがあります。
   塔への憧れと、サユリへの憧れ(恋)が混ざり合い重なりあっているのも、この年代の男の子らしくてまたいい。

   個人的には、秘密基地でサユリが膝をついて近づいた後に「ねえ、じゃあ約束」と笑顔で言うシーンが好きです。幼いゆえの、媚びてない、自然なエロさ(他に良い言葉が浮かばない)が出ています。楽しい青春時代を過ごせなかった自分のなかの満たされなかった何かを補填してくれる破壊力があります。

   中盤は、3年後に変わり、ヒロキは東京へと進学しています。
   サユリが突然姿を消したことに心を痛めたヒロキの、虚無的な生活が描かれています。
   ヒロキが駅と家の間を意味もなく往復するシーンとそのモノローグが好きで、ここばかり何度も繰り返し観ました。
   映画の前半が自分が願ってもかなわなかった青春や恋の再現だとしたら、中盤は、二十代の自分が陥っていた孤独の代弁でした。

「気がつけば東京に来てから3度目の冬だ
まるで深く冷たい水のなかで息を止め続けているようなそんな毎日だった
僕だけが(私だけが)世界に一人きり取り残されている、そんな気がする」
   というモノローグを聴きながら、ひとりぼっちの部屋で僕は何度も心を震わせていました。

   とにかくモノローグがどれも素晴らしく、全編にわたって展開されるモノローグを切り出して何度も何度も観ました。そのたびに切なくて胸を締め付けられた。
   たぶん、孤独を癒されるよりも、自分の孤独を映画のなかの感情と同調させて胡麻化すことで、自分が存在していることを確かめたかったのだと思います。

    何かに憧れ恋をする切なさ、独りの寂しさや痛み、そして誰かと繋がりあえる喜び……「雲のむこう、約束の場所」は美しい映像と音楽、そして詩的なモノローグによってそれらの感情を強く呼び覚ましてくれます。
   ラストはかすかな切なさや悲しみと同時に希望を感じるものとなっており、全てを観終わったとき目の前にはこれまでと違う光に染まった世界が広がっているはずです。たぶんきっと。

   ところで、劇中の病室に置かれている単行本がDVD/BDでは村上春樹の「アフターダーク」なのですが、映画館で観たときは「海辺のカフカ」だった気がします。自分の記憶違いかDVDになったときに変わったのか。誰がご存知の方はいないでしょうか。

秒速5センチメートル

   2007年公開。3作目。
 「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の3話の短編から構成された連作映画です。
   僕は「シネモンド」という金沢唯一の単館系の映画館で鑑賞しました。金沢でも新海作品を観れるということにホッとし、少しずつ認知度が広まっていることを嬉しく思いました。

   映画の内容を一言で言ってしまうと、遠距離恋愛ものです。第1作の「ほしのこえ」が宇宙規模なのに対して、こちらは日本国内に収まっています。
   規模の大きさは全然違うわけですが、どちらの作品も切なくて心が震えるという点では、受ける印象は同じものがあります。それも冒頭に書いた「感情のリアリティ」という話につながるのかもしれません。

   第1章「桜花抄」で、栃木に引っ越した少女に会うために少年が電車を乗り継いで行くシーンが見どころの1つです。
   様々なアクシデントが重なったという不運があるにしても、作中で行われていることはちょっとした遠出でしかないはずなのに、それが世界を動かすような出来事に感じられます。
   宇宙人も戦争も出てこなくても、思春期くらいまでは、すぐ外にとても大きな世界が広がっていたことを思い出させてくれます。あと、恋の淡さや儚さも。

   公開からもう10年が過ぎているのでおそらくストーリーはすでに知れ渡っていると思うのですが、ラストには触れないでおきます。ただ、このラストがあってこそ、「君の名は。」のあのラストが生まれたのかなと思います。

星を追う子ども

   2011年公開。4作目。
   小学生のアスナが地下世界アガルタから来た少年シュンと出会い、アガルタを探す”先生”とともに、アガルタに趣き、シュンの弟のシンなど地下世界の住人と出会いながら、長い旅をするファンタジー映画です。
   ネットの評判はいまいちのようですが、最近はあまり見かけない”ファンタジー×冒険”映画ということで、好きな作品です。

   この映画にはこれまでの新海作品にはない2つの特徴があります。
   1つはファンタジー要素が強いジュブナイル映画であること。もう1つは、これまでの新海作品で重要な役割を果たしてきたモノローグをほぼ封印していること。

   ファンタジーかつ冒険ものということもあり、アクションシーンが多いです。夷族や刺客との戦闘シーンはスリルがありかっこいいです。
   またモノローグが少なくなったことで、これまでのようなキャラへの強い感情移入はなくなりましたが、その代わりにキャラクターの表情が豊かになっています。

   映画のあちこちにジブリ映画へのオマージュが散見されます。そのため、同じく冒険ものの「天空の城ラピュタ」とつい比べたくなりますが、ラピュタのような快活でスカッとした冒険活劇というよりは、宮崎駿作品でいうなら「シュナの旅」により近いです。旅の内容は過酷だし、常に血の匂いや死の影がつきまとっているからです。

   アスナが旅を共にするのが大人の男性の”先生”というところもラピュタとの大きな相違点です。
   ラピュタで例えるなら、シータの隣にいるのがパズーではなくてムスカといった感じ。風貌も似ていますし。

   ”先生”は死んでしまった恋人を生き返らせたくてアガルタを旅しているのですが、これがなかなかの「大人」なのです。目的のためには手段を選ばず、狡猾で、大人の嫌らしい面がよく現れている。
   憎めないキャラではあるのですが、決してパズーにはなれない。笑
   でもこの”先生”の存在によって「星を追う子ども」はただのジュブナイル映画で終わらずに、大人のアニメの魅力を備えることができたのではないかと思います。(ラストは”先生”が中心だし、アスナと”先生”のW主人公制だと言えなくもない)

   美しいアガルタの風景、不思議な生き物や、独特な神様。テーマの奥にあるのは死や孤独であったりするので、決して気持ちのいい冒険活劇とはいえませんが、旅の先に何が待っているのだろうというわくわく感があります。
   ファンタジーが好きならば、アガルタの旅はきっとあなたを魅了してくれることでしょう。

   ただ、全体的にキャラの魅力が弱いとも感じました。モノローグを抑えたことで、新海作品の欠点が見えてきたともいえます。

言の葉の庭

   2013年公開。5作目。45分の中編作品。
   靴職人を目指す男子高校生が、庭園で雨の日に大人の女性と逢瀬を繰り返す話。
   風景が精緻で、雨の描写が美しいです。
   外に出られずどこにも行けない夜に、独りの部屋でぼおっと観たくなる映画です。

   ただ、淡々とした日常描写を美しい風景とともに楽しむ映画と思って観ていたら、最後に予定調和的ではないものがぶちこまれていて、え?なんでそうなるの?と戸惑ってしまいました。ラストの一番盛り上がるところで、心がついていけず、気持ちがいまいちノリきれないまま終わってしまったのが残念です。

   美しい映画だと思うのですが、個人的にハマれず、まだ繰り返し観ていません。

君の名は。

   2016年公開。6作目。
   大ヒットしたので細かい説明は不要ですよね。

   新海誠の作品の流れは村上春樹の作品の歩みと似ている気がします。
   村上春樹の初期作が、全て「僕」という一人称で書かれていて、登場人物に名前がない世界だったものが、まず登場人物に名前が与えられ、ところどころ3人称が混ざるようになり、1人称と3人称の間のような独特の語り口の「アフターダーク」を経て、3人称で複数主人公の「1Q84」に至ります。
   一方の新海誠も初期3作ではモノローグ主体だったものが「星を追う子ども」でいったんモノローグを離れ、「言の葉の庭」という中編を経て、「君の名は。」にたどり着きます。
   村上春樹も新海誠も私的な小さな世界から始まり、少しづつ世界が外へと広がっていくと同時に、作品としてはエンターテイメント性や大衆性を手に入れていく、というところがよく似ています。

   新海監督も村上春樹の作品が好きそうだし、この2つの類似点は何か意味がある気がします。
   たとえば、初めは小さな閉じこもった世界であっても、そのままではいられない。あるいは歳月を重ねることで僕らは、小さな世界のコアとなるものは維持しつつも、何か大きなものにコミットしていくことになる、とか。うまくいえませんが。
   なんにしても、ずっと観てきたので、作品がヒットして新海誠がメジャーになってくれてよかったです。まあ、こんなに大ヒットするとは思いませんでしたが。

   いろいろ感想はあるのですが、言い尽くされた感もあるので、1つだけ。
   ヒロインの三葉、かわいいですよね。(ついでに瀧君もかわいいです)
   新海誠の映画のキャラでシンプルに萌えだなぁと思ったのは三葉が初めてなように思います。
   もちろん今までの新海作品のヒロイン(サユリやあかり)もかわいかったのですが、それは淡い恋心を思い起こさせるものというか、アニメ的な萌えというよりも文学的な萌えなのかなと。
   その点、三葉は、エンタメ的にもビジュアル的にも見せ方的にもかわいい。見せ方としては、主人公とヒロインが口喧嘩するような描写があったりして、ヒロインに躍動感が生まれていたりとか。
   先に新海作品のキャラは弱いのではないかと書きましたが、「君の名は。」ではそのへんも解消されていました。

「君の名は。」は新海作品のセルフカヴァーな部分もあって「あ、このシーンは」とニヤニヤできて楽しかったです。

   あと、うちの子どもたちに見せたら、三葉(瀧君)がおっぱいを揉むシーンで大爆笑してました。
   あれは鉄板ネタですよね。

次回作(天気の子)

   個人的な予想では次は短編がくるんじゃないかと思ってました。
「君の名は。」は新海監督の得意分野で、引き出しを全部出し切った感があるので、次は実験的なものをするんじゃないかなぁと。
   でもそうではなくて、またティーンエイジャーの男女を主人公にした長編のようです。
   果たしてどんな話になるのかな??(個人的には20代の大人の物語を観たかったかなと思ったり)

    公開の7月まで、過去作を観なおしながら、楽しみに待とうと思います。