空飛び+青い車+ヒバリの……!? ~スピッツ「鳥になって」感想

「鳥になって」はスピッツのカップリング集「花鳥風月」の11曲目に収録されています。


   インディーズ時代からある曲で、最初ソノシート(薄っぺらいレコード)で発売され、メジャーデビューしてからは「魔女旅に出る」のカップリングとして発売されました。

   古い曲ですが、あるいは、古い曲だからこそ、「鳥になって」にはこの後のスピッツの歌に通ずるいろいろな要素が詰まっています。
「鳥」「空」という単語から「空も飛べるはず」を、君が「僕を連れて行って」という受動的な態度から「青い車」(君の青い車で♪)を、そして後半の長めのギターパートの気持ちよさから「ヒバリのこころ」(単純に鳥つながりでもいいですが)を彷彿とさせます。
   他には「もぐら」も出てくるので、「Crispy!」をちょっと連想してしまう部分もあったり。
 
   また、初期の歌らしいパンクっぽさがありながら、それでいてちょっとセンチメンタルな部分もあったりして、スピッツらしいポジ/ネガのバランスの良さも感じることができます。
   ひねくれた(?)歌詞もあまり出てこないので、初期のスピッツがどんなものかを人に教えるときにも、おすすめしやすい一曲なのではないでしょうか。

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   僕は「鳥になって」を「青い車」の系列(=受動的な僕の歌)というイメージでずっと聴いてきました。「花鳥風月」の対談のなかにも「青い車」への言及がありましたし。
   ただ、最近ちょっと気になったところがあります。それは「このまま僕はしゃべり続けてる」という歌詞です。

   勝手な僕のイメージとして、スピッツの歌のなかではしゃべり続けているのは女の子の方で、男の子はずっと聴き続けているというのがあります。
   男の子が聞き上手というわけではなくて、単純に主導権を奪われている、みたいな。夜明けまで話し込む「ナナへの気持ち」などはまさにそんな感じではないでしょうか。
   でも「鳥になって」ではしゃべり続てけているのは「僕」なんですね。なんで僕はずっとしゃべっているんだろう。それがちょっと不思議でした。

   特に答えらしい答えはないので、「君に遠くに連れて行ってもらえて嬉しくてしゃべり続けている」っていうのでもいいのですが、僕は、「しゃべり続ける」ことはガソリンなのではないかと考えました。
   君が鳥になって僕を連れていってくれるための代償としての、僕ができる努力としての、君へのエネルギ供給としての、おしゃべり。
   僕がおしゃべりし続けることで、君は鳥になり舞い上がり、遠くへと運んでくれる。--こう書くと、打算的と言うかいやらしい気もしますが、きっと只で何もせずにぼおっとしているだけでは遠くへ行くことはできないんだと思います。
   自分の足で歩けないのなら、口を動かして声を出す。何でもいいから動かないといけない。そんな気がするのです。

「君の青い車で海へ行」くにしても、車を持ってる彼女をゲットしないといけませんしね。それはそれでかなり大変なことなんじゃないかなと。

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   おまけ。
   僕が初めてライブで聴いたのは「とげまる」のツアーのときだったと思います。
   古い曲を聴けて僕は嬉しかったのですが、一緒に来ていた妻は、歌う前の草野さんのMCの内容から次は「空も飛べるはず」だと思ったらしくて、「鳥になって」が流れてちょっとがっかりしたと言っていたのを覚えています。
   まあファンじゃないとさすがに知らないですからねぇ。なんかすんません。